旧伊藤邸保存育成会
伊藤伝右衛門像
万延元年(1860)、現往の飯塚市に生まれた伊藤伝右衛門は、苦労の末、石炭事業を展開し、筑豊地域で貝島・麻生・安川らの御三家に並ぷ事業家として成功を収めました。
事業で得た巨万の冨を、嘉穂郡立技芸女学校(現福岡県立嘉穂東高等学校)の創設、伊藤育英会の創設など、教青・文化事業に注ぎ、地域社会に還元しました。
また、嘉穂銀行や十七銀行の取締役として、そして幸袋工作所の創業者として地元の産業・経済の発展に尽力し、衆議院議員に当選してからは、遠賀川の改修工事を実現させました。
人間味あふれ、地元の人々から慕われた伝右衛門は、昭和22年(1947)、87歳の生渥を閉じました。
伊藤伝右衛門物語
過去に飯塚商工会議所所報に載ったものをここに載せています(全12話)。テキスト文書は編集中です。

